2) 世界克服
勇気あるカーリナ・アルッペは独自のhair serumを世界中に広める決心をする。フィンランド発明家協会に参加すると大々的なインターナショナル・ヘルス・イベントがあることを知った。1960〜1970年代、語学の知識もないまま世界中のインターナショナル・ヘルス・ショーに出かけた。そこでカーリナ・アルッペ・ヘア・ナートリションという独自のヘアケア製品は10個以上の賞を受賞することになる。hair serumはブリュッセル、ジェノバ、ウィーン、ハンブルグ、バーゼル、パリ、ニューヨーク、シドニー、トロント、ロンドン、エルサレムで賞を獲得した。
世界中の多くの製造会社がこのhair serumに取り組もうとしたが、そのフォーミュラが公開されることはなく、噂によればフィンランドの天然ハーブの知識がなかったため、エルサレム大学での製造結果も乏しいものになった。

